哲学プラクティス,クリティカルシンキング,市民的リサーチ等の実践と研究「探Q複数の視点で考えるカフェ」

哲学プラクティス,クリティカルシンキング,市民的リサーチ等の実践と研究に関する記事を書いています。主催するちいさな哲学カフェ,入門ゼミ等の総称として「探Q複数の視点で考えるカフェ」を使っています。twitter @tanQarc。現在主にここの記事を書いているガイドは,菊地建至です。金沢医科大学の教員(人文科学)もしていますが,大学・本務校の外に開いた実践・研究にも積極的です。末長く,よろしくお願いします。

【お知らせ】12月13日「倫理的な人生って気前いいの?」──『ニコマコス倫理学』読書と対話2(探Q複数の視点で考えるカフェ@金沢)

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【お知らせ】12月13日「倫理的な人生って気前いいの?」──『ニコマコス倫理学』読書と対話2(探Q複数の視点で考えるカフェ@金沢)

 

2016年12月13日18時30分から20時まで、長田亭(金沢駅すぐの喫茶店石川県金沢市本町2丁目1832)。以下の話題を、対話で考えます。

 

1 お金や物品のからむ人間関係に関して、「気前良さ」についてどう考えるか。「贈り与える」ということにおいて美しいひとや立派なひとって、どういうことなのか。

 

2 「財貨を受け取らないひと」と「気前の良いひと」は、お金の所有に執着しないということで同じと理解できるのか、それとも違うのか。徳という視点から見れば、出費と贈与はどう理解できるのか。

 

☆考えるきっかけに、『二コマコス倫理学』の第四巻・第一章〜第二章(光文社古典新訳文庫『二コマコス倫理学(上)』pp.244-71)からいくつかの文章を読みます。また、ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』の「贈り与える徳」も参照する予定です。

 

*時間があれば、第一巻・第十章も取り上げ、以下のことも話す予定です。すなわち、「そのつどの快や満足が十分であるかという問題ではなく、むしろ、人生全体を見て幸福な人生だということが重要である」ということを了解したとすれば、あるひとが亡くなってから、そのひとを幸福なひとと呼ぶことが適切なの?また、不運や大きな困難に見舞われれば、徳に基づいて活動するひとも「惨めだ」ということにならないの?という問題です。

 

事前準備や図書購入の必要はありません。いくつか文章を取り出して読みます。各自好きな飲み物など頼む以外に参加費・場所代はいりません。 

 

ガイド 菊地建至(金沢医科大学、探Q複数の視点で考えるカフェ)

 

問い合わせ・予約 kiku.yuukou@gmail.com(探Q複数の視点で考えるカフェ)